
サムスン「銀入り」全固体電池、2027年量産へ?約170億ドル規模の投資計画で銀需要はどうなる
以前の記事では、サムスンが開発する全固体電池に銀と炭素を組み合わせた「Ag-C層」が使われ、EV1台あたり最大1kgもの銀が必要になる可能性を紹介しました。
ただし、当時の話は2020年に発表された研究セルと第三者による試算が中心でした。「本当にこの方式が量産されるのか」「研究室の試作品で終わるのではないか」という疑問も残っていたわけです。
ところが今回、Xで紹介された新たな記事から、サムスンの計画が以前よりも具体化していることが分かりました。Xの投稿
単に「2027年に量産を目指す」という話だけではありません。量産時期、工場、投資規模まで見え始めています。
1,以前とは何が変わった?蔚山で2027年後半に量産へ
Xの投稿が紹介している記事によると、サムスンSDIは韓国・蔚山工場で、2027年後半から硫化物系全固体電池の量産を始める計画です。
さらに2026年から2040年にかけて、蔚山と天安の生産拠点へ合計約25兆ウォン、米ドル換算で約170億ドルを投じる計画だと報じられています。
このうち約16兆ウォンが蔚山側の設備拡張に向けられるとされています。ゴールドインベストの記事
サムスンSDI自身も、全固体電池「ソリッドスタック」を2027年後半に量産する目標を示しています。
2026年には、人型ロボットやドローンなど「フィジカルAI」向けのパウチ型試作品も公開しました。

つまり以前は、
銀を使った高性能な試作電池ができた
という段階でした。
それが現在は、
2027年後半に蔚山で量産するため、巨額の設備投資を進める
という段階に近づいています。
これは銀市場にとって小さくない変化です。研究成果が量産品へ採用されなければ銀需要は発生しませんが、量産工場と開始時期が具体化すれば、少なくとも「実用化される可能性」は以前より一段高まったと考えられます。
ただし、ここは少し冷静に見る必要があります。
**約170億ドルの全額が、Ag-C層を使う全固体電池だけに投じられるわけではありません。**これは蔚山・天安の複数拠点を対象とした2040年までの長期投資計画です。また、2027年の量産型ソリッドスタックが研究セルと同じ量の銀を使うのかも、まだ公式には発表されていません。
したがって今回新たに分かったことは、
- サムスンが全固体電池の量産時期を2027年後半としている
- 量産拠点として蔚山工場が具体的に挙がっている
- 関連する生産拠点への投資計画が約25兆ウォン(約170億ドル)規模に達する
- EVだけでなく、人型ロボットやドローンも用途として想定されている
という点です。
一方、まだ分からないのは、量産品にAg-C方式がそのまま採用されるのか、そして1台あたり何gの銀が使われるのかです。
それでも、研究室の試作品だけだった話が、工場と量産スケジュールを伴う計画へ変わりつつあることは間違いありません。
では、この電池で銀はどのような役割を果たし、実際にはどの程度使われる可能性があるのでしょうか。
2,サムスンの全固体電池は、どこに銀を使うのか?
サムスンSDIは、新型全固体電池「ソリッドスタック」の量産を2027年後半に開始することを目指しています。2026年には、人型ロボットなどへの搭載を想定したパウチ型の試作品も公開しました。サムスンSDI公式発表
銀の観点で注目されるのは、サムスンの研究・特許に登場する銀と炭素を組み合わせたAg-C層です。
この薄い層は、充電時にリチウムが均一に析出するよう助けます。リチウムが局所的に偏ったり、針のように成長したりする問題を抑えることが、性能と寿命の両立につながります。サムスンの研究概要
銀が、電池内部の難題を解決する材料として使われているわけです。
ただし、**量産型ソリッドスタックの銀使用量は、今回確認した公式資料では明らかになっていません。**以下では、研究・特許の数字と量産計画を区別して見ていきます。
3,特許から計算すると、100kWhで銀約320g
サムスンSDIの特許には、Ag-C層の実施例として次の条件が記載されています。
| 項目 | 特許の実施例 |
|---|---|
| 銀と炭素の重量比 | 1:3 |
| Ag-C層の厚さ | 約7μm |
| 使用した銀の量 | 約12mg/Ah |
セルの平均電圧を3.75Vと仮定すると、電力量あたりの銀使用量は約3.2g/kWhです。これを容量別に単純換算すると、次のようになります。
| バッテリー容量 | 銀使用量の試算 |
|---|---|
| 50kWh | 約160g |
| 75kWh | 約240g |
| 100kWh | 約320g |
| 120kWh | 約384g |
※計算式:12mg/Ah ÷ 3.75V = 3.2g/kWh。特許の実施例を拡大した試算であり、量産品の仕様ではありません。
ここで大切なのは、「EVなら一律300g」ではなく、電池容量と設計によって必要量が変わることです。
それでも、100kWh級で数百gという規模感は見えてきます。以前紹介した1kgより少ない数字ですが、これで銀需要への期待が消えるわけではありません。
4,高エネルギー密度だと、何がそんなにすごいのか?
サムスンが全固体電池で掲げているのは、900Wh/L級の体積エネルギー密度です。簡単に言えば、小さなスペースに多くの電気を蓄えられるという意味です。
独自のアノードレス技術で負極側の体積を抑え、より多くの正極材料を入れる設計を目指しています。アノードレスとは、製造時に厚い負極活物質層やリチウム金属箔をあらかじめ持たせない考え方です。充電時にはリチウム金属が析出するため、「使用中も負極が存在しない」という意味ではありません。サムスンSDIの技術解説
例えば、比較用の仮定として500Wh/Lのセルと900Wh/Lのセルで80kWhを蓄える場合、必要なセル体積は次のようになります。
| 体積エネルギー密度 | 80kWhに必要なセル体積 |
|---|---|
| 500Wh/L | 約160L |
| 900Wh/L | 約89L |
同じ電力量でも、計算上はセルの体積を約44%減らせます。
EVなら航続距離の延長や車内空間の確保、人型ロボットなら限られた胴体スペースでの長時間稼働につながる可能性があります。
「電池が大きすぎて積めない」という制約を緩められることが、高密度化の大きな価値です。
なお、この計算には外装、冷却設備、加圧機構などは含めていません。また、Wh/Lは大きさに対する指標なので、重量が同じ割合で軽くなるとは限りません。
5,BYDやトヨタよりも優れているのか?
ここは、性能を分けて考える必要があります。
サムスンの2020年の研究では、0.6Ahの試作セルで900Wh/L超のエネルギー密度と1,000回の充放電サイクルを報告しています。注目点は、高密度を追求するリチウム金属系の設計で、繰り返し使える性能を示したことです。サムスンの研究概要
一方、BYD日本はブレードバッテリーについて、4,500回の急速充電による満充電・放電試験をクリアしたと説明しています。LFP(リン酸鉄リチウム)を採用し、熱安定性や耐久性を強みとする電池です。BYD日本の技術紹介
| 比較対象 | 公表資料から分かること |
|---|---|
| サムスンのAg-C研究セル | 高エネルギー密度と1,000サイクルを両立 |
| BYDブレードバッテリー | 安全性・耐久性に強み。日本公式では4,500回の試験実績 |
| トヨタの全固体電池 | 耐久性の技術的進展を公表。参照した発表には比較できるサイクル数の記載なし |
トヨタは、全固体電池の耐久性に関する技術的ブレークスルーと、2027~2028年の実用化を目指す方針を発表しています。トヨタ公式発表
ただし、試験温度、充電速度、容量が何%残れば合格とするかなどが揃っていないため、回数だけで厳密な寿命順位は決められません。サムスンの研究セルを量産品と同列に扱うこともできません。
それでも、「銀入りだからBYDより長寿命」「トヨタを全面的に上回る」と言える根拠はありません。
全固体電池にもさまざまな材料・構造があります。サムスン方式の魅力は、Ag-C層でリチウムの析出を制御し、高密度と繰り返し使える性能を両立させる点にあります。
6,「20年寿命・9分充電」は同じ電池の話なのか?
以前の記事で紹介した数字についても、整理しておきます。
サムスンの2024年の公式発表では、次の技術が別々の開発項目として説明されています。
- 900Wh/L級の全固体電池
- 充電率8%から80%まで9分で充電する技術
- 2029年の量産を目指す、20年以上の長寿命電池
したがって、これらをまとめて「銀を使った全固体電池が、9分で満充電できて20年以上持つ」と断定するのは適切ではありません。サムスンSDI・2024年公式発表
また、1,000サイクルを週1回使うと単純計算では約19年分ですが、電池には使わなくても時間とともに進む劣化もあります。サイクル数から計算した年数は、そのまま実際の耐用年数にはなりません。
期待される性能が大きい技術だからこそ、確認できた実績と将来の開発目標は分けて追いかけたいところです。
7,1台300gでも、年間1,000万台なら銀3,000トン
では、銀市場にとってどれくらいの規模になるのでしょうか。
ここからは、100kWh級の電池に銀300gを使用すると丸めた仮定で計算します。
| 年間の新規搭載台数 | 電池内部に必要な銀 | トロイオンス換算 |
|---|---|---|
| 100万台 | 300トン | 約965万oz |
| 500万台 | 1,500トン | 約4,823万oz |
| 1,000万台 | 3,000トン | 約9,645万oz |
| 1,600万台 | 4,800トン | 約1億5,432万oz |
※1トロイオンス=約31.1035g。搭載台数は普及予測ではなく、需要規模を見るための仮定です。
1台では数百gでも、量産されれば年間数千万~1億oz規模になり得ます。
しかも、ここで計算しているのは電池セル内部の銀です。車両の接点や電子部品などに使われる銀は含めていません。
ただし、この全量が直ちに新しい鉱山生産で賄われるわけではありません。リサイクル銀や在庫も供給源になり、従来用途を置き換える部分があれば純増需要は変わります。
それでも、新しい用途が数千トン単位で銀を必要とする可能性は、注目する価値があります。
8,EVだけで終わらない可能性もある
前回の記事では、将来的にEV以外へ広がる可能性にも触れました。
サムスンが2026年に全固体電池の用途として人型ロボットやドローンを紹介したことで、その展開は実際の開発テーマとして見えてきています。サムスンSDI・2026年展示内容
もちろん、小型ロボットやドローンの電池容量は大型EVと異なります。台数だけを掛け合わせて需要を膨らませることはできません。
今後見るべきなのは、どの用途に、何kWhの電池が、どれだけ搭載され、その1kWhあたりに何gの銀が残るのかです。
銀が高くなれば、メーカーは使用量削減や代替材料の開発を進めるでしょう。量産コストや競合電池との性能差も、普及速度を左右します。
そのうえで、Ag-C方式が量産でも採用され、用途が広がっていけば、太陽光発電に続く大型需要源になる可能性があります。
「EV1台に銀1kg」が実現しなくても、注目すべき需要は生まれ得る。
サムスンの全固体電池を見るうえで、この点は押さえておきたいところです。1台数百gの積み重ねが、銀市場にどれほどの存在感を持つのか。
量産仕様の発表が、ますます気になる展開になってきました。
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